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シガツェ


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シガツェ概況:

  シガツエ市とは如意荘園の意味で、既に600年余りの歴史を持ってるチベット第二の大都会です。管轄区平均海抜3850メートル、総面積3658平方キロ、総人口 8.2万人、 97 %以上がチベット族で、人口密度は3.3人/平方キロです。
シガツエ市町海抜は3836メートル、町総面積8.92万平方キロ、境内には沢山の名所旧跡と著名観光地があります。
シガツェのベスト観光シーズンは5月〜7月で、晴れる日が多くて、チョモランマとカイラスなどの観光地へ行く最高な季節です。

シガツェの年間気温は下記の通りです:

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
月最高気温 5.7 8 11 15.5 19.5 21.1 21 19.6 18.7 15.2 10.7 7
月最低気温 -13.1 -9.5 -5.4 -0.7 3.4 7.6 8.7 8.1 5.8 -1.2 -8 -12

シガツェ付近主な観光スポット:

タシロンポ寺:

タシロンポとは吉祥須弥山の意味です、チベット6大寺院の一つで、総面積は30万平方メートルぐらいです。シガツエ市町に位置し、チベット第二の法王・パンチェンラマのお寺として有名です。 ダライ・ラマと同様に、その地位が代々転生によって継承されるパンチェン・ラマ制度は、ダライ・ラマ5世が、自分の死んだ師匠を阿弥陀如来の化身と認定したことに始まります。以後、同寺はパンチェン・ラマ1世の転生者が住持するようになりました。
 
  お寺の創建者はツォンカパの弟子で、のちにダライ・ラマ1世に崇められましたゲンドュン・トゥプパです1447年に造営したそうです。
  
  広大な境内には、多数の僧堂が林立しています。一番繁盛なときは僧侶4000人を超えたと言っていますが、 現在修行してる僧侶は約 600人だそうです。
 
  注目されるのは、日本の奈良の大仏を凌駕する、世界最大な弥勒仏坐像です。紀元1914年、パンチェン・ラマ9世により建造された青銅仏像で、高さ22.4m、一本の中指長さも1.2あり、肩幅11.5m、蓮台の高さ3.8m、坐像高さ22.4m、蓮台と坐像の高さは合計26.2mもあります。それを造るには、黄金279キロ、銅115000キロ、真珠300個、琥珀、珊瑚、トルコ石など宝石1400個ぐらい用いられていました。全部の工事は900人の工匠が9年間を掛けて終えたのです。
  
  また、歴代パンチェン・ラマの遺骨を納めた霊塔もタシロンポ寺の代表になっています。とりわけパンチェン・ラマ4世の霊塔は高さ11メートル、金銀銅(黄金135キロ、銀1650キロ、156キロ)で荘厳され、塔身は瑪瑙、真珠、珊瑚、トルコ石など7000個以上の宝石で飾られています。かなり豪華なもので、1662年から造営し始め、4年後の1666年に完成したのです。

サキャ寺:

シガツェ地区サキャ県にあり、シガツェ町から148キロ離れています。サキャ派総本山のサキャ寺は北寺と南寺の二寺で一体の大寺院であったが、文化大革命で北寺が破壊されて瓦礫と化したため、現在残ってるのは南寺だけです。寺院全体が正方形の形を成し、建物が40箇所余りで、総面積14700平方メートルも超えているそうです。

  北寺は開祖のクンチョク・ゲルポにより、1073年に建立され、その後、元の世祖フビライからチベットの宗教と政治の支配権を与えられたパクパが1268年に南寺を造営しました。

  サキャ寺の城壁さながらの堅牢な外壁は赤、白、青の3色で彩色です。それぞれ文殊菩薩、観音菩薩、金剛手菩薩を表するものとされていて、「花教」と呼ばれる同派のシンボルになっています。付近の民家の壁も同じ色で塗られており、周囲の景観と見事に調和しています。

  南寺は、「チベットの敦煌」とも称されるように、、歴史的に貴重な仏像、祖師像、壁画、法具、経典などの一大宝庫であります。巨大な釈迦ムニ仏像や歴代サキャ・リンポチェの霊塔など見所も多いんです。

  所蔵経典は10万部に及び、殆どが13世紀以前の手写本であります。とりわけ眼を引くのが、2000年ほど前の世界最古級の経典であります:細長い貝葉(貝多羅樹の葉)に仏画とともに金文字と墨文字(何れも梵字)で書かれています。

ギャンツェ概況:

 シガツエ市に属してる県で、史上チベット3番目大きい町に数えられましたが、交通不便のため、現在町の発展がシガツエに追い越されました。境内総面積3771平方キロ、総人口6.1万人、町所在地海抜は 3950mです。

ギャンツェ付近主な観光スポット:

境内有名な観光地は、主にパンコルチョエデ寺、宗山城堡です。

  パンコルチョエデ寺

 パンコルチョエデとはチベット語で、吉祥輪大楽寺の意味です。ギャンツ県町北東部に位置し、海抜は約3900mぐらいです。

  パンコルチョエデ寺は特定の宗派に属さないお寺で、15世紀始め頃の明王朝時代にラプテン・クンサン・パクパにっよって、創建された寺院です。現時はゲルク派とサキャ派が中心になって共同管理しています(ほかに学匠プトゥンの教学を伝えるシャン派がある)。

この寺の圧巻は大集会堂脇のチベット最大の仏塔・パンコル・チョルテンです。紀元1414年に建立され、約10年間かかったそうです。9階建てで、高さは32、5m、塔内部には108の門があるほか、諸尊像や壁画で飾られた77の部屋もあり、仏像が合計10万体も超えたそうですから、「10万仏塔」とも称されています。右回りで順番に進んでいくだけで、自動的にチベット密教の曼荼羅世界の醍醐味を堪能できる仕組みとなっています(同時に所作タントラから無上瑜伽タントラへの諸階梯が集約されています)。まさにチベット密教美術のパンテオン(万神殿)の理想的典型がここにあるといえるでしょう!

なお、大集会堂の本尊は三世仏(燃灯仏・釈迦ムニ・弥勒仏)で、その周囲を菩薩や千手観音が取り囲み、立体曼荼羅の形式をなしています。守護堂にはマハーカーラ(大黒天)尊像が鎮座し、壁面には無常観を誘う、鳥や犬に食われる死体や髑髏が描かれています。



宗山城堡:

 宗山城堡:宗山城堡とは宗山に築かれた砦の意味で、以前はギャンツエ県の県役所所在地で、堅固な城壁に取り囲まれていました。 1904 年 4 月、イギリスの遠征軍がギャンツエを攻める時、ギャンツエの軍民 16000 人がここで遠征軍と 2 ヶ月激戦続けたそうです。

  現在の宗山城堡が戦争後のままで残っていて、当時戦争用の大砲台もまだ見えます。